SPECIAL特集

SPECIAL INTERVIEW

「海洋産業AIプロフェッショナル育成卓越大学院プログラム」はどのような人材を育てようとしているのか。なぜこのような人材がこれからの時代に必要なのか。本学の卓越大学院プログラムを牽引する教員に、自らの経験を交えながら語ってもらった。

SPECIAL INTERVIEW

産業界をAIでどのように切り拓いていくのか。
世界で海洋産業を牽引する価値の創造へ。

竹縄 知之

竹縄 知之TAKENAWA,Tomoyuki

流通情報工学部門 教授
プログラム責任者
海洋AI開発評価センター副センター長
プログラム共通科目「深層学習」担当

【専門分野】
数学、解析学

兵藤 哲朗

兵藤 哲朗HYODO,Tetsuro

流通情報工学部門 教授
大学院海洋科学技術研究科長
プログラム共通科目「データ工学」「海洋AIワークショップ」担当

【専門分野】
都市計画、交通計画、物流計画

木野 亨

木野 亨KINO,Toru

海洋AI開発評価センター
特任准教授
プログラム共通科目「海洋AIワークショップ」担当

【略歴】
民間のICT企業にて、大規模クラウドサービスの企画・開発・運営・海外事業展開や海外ベンチャー企業との協業等を担当。2021年4月より現職

海洋"産業"で活躍する人材に

木野さっそくですが、竹縄先生にお聞きします。「海洋産業AIプロフェッショナル」とは一言でいうと、どのような人材でしょうか。また、社会にとってどのような役割を果たすのでしょうか。

竹縄一言でいうと、海洋を中心として、東京海洋大学が関わっている様々な産業分野においてAIの応用研究ができる人と考えています。博士号を取得してプログラムを修了した後は、海洋を中心とするAIやデータサイエンスの研究者や専門技術者あるいは知見を活かして政策立案者として活躍することを期待しています。

木野兵藤先生のご意見はいかがでしょうか。

兵藤やはり東京海洋大学らしさというのがこの海洋産業AIプロフェッショナルです。大まかにいうと本学は越中島の旧東京商船大学、それから品川の旧東京水産大学と二つに分かれていますが、この海洋産業AIプロフェッショナルは全学で実施しているので、両方のキャンパスにまたがっています。

船だけじゃなくて例えばゲノム編集だとか水産のコアに関わるような技術もこの海洋産業AIプロフェッショナルということで、まさに二つのキャンパスが両輪になって進展している、そんな特徴があると思っています。

木野有難うございます。私も、海洋産業AIプロフェッショナルを育成するということに賛同していますが、特にいいなと思ったのは、プログラムに産業という言葉がついている部分です。単に海洋AIプロフェッショナルでは技術っぽい感じがするのですが、産業が付いていることで、AIがこれから海洋分野も含めて、いろいろ産業を大きく変えていく中で引っ張っていく人材を育成するのかなというところで、すごく共感したんですよね。

竹縄それは、研究者というだけじゃなくて産業界という意味でしょうか。

木野プロフェッショナルとして研究室に残るというキャリアもあると思いますが、ただその時も研究者の立場でも海洋産業を変えて、それを引っ張る人材になれることを期待しているんじゃないかなと思いました。

海洋AIの可能性

では、今の話にも関わりますが、竹縄先生、兵藤先生の専門分野で、今後どのようにAIやビッグデータが活用できると思われますか。また、それによって社会はどのように変わっていくと思われますか。

兵藤私自身は土木工学の中の交通計画という分野が専門でして、特にITやICTの発達で、交通分野でここ数十年様々なビッグデータが登場するようになりました.最近よく見かけるのは携帯電話やスマホの位置情報から、例えば東京駅の周辺、今日は先週と比べて何%人が増えている・減っているとかいう分析ができるようになりまして、まさにあれは携帯電話やスマホの所有者のデータですから、数千万人規模のビッグデータのひとつですよね、それからあとはAIについて言いますと、交通の分野で非常に分かり易いのは自動運転です.まだ先ではありますが、完全自動運転が実現すると、みなさん自分の車を持たなくていいんですよね、車の保有者が減るだろうと。それから都市内の駐車場がほとんど不要になって、それにより、空いたスペースを有効利用するなど、街の在り方や、都市計画の根本を変えていくような大きな影響を与えることが指摘されています。AIの技術が世界全体を変えていく、そういった可能性が最近はよく議論されています。

木野竹縄先生はいかがでしょうか。

竹縄私はもともと数学が専門ですが、AIについてお話します。

竹縄 知之AIはちょっとブラックボックス的なイメージがありまして、何に使えるのか分かりにくいところがありますが、基本的にはデータから制御方法を獲得できるようになったということで、細かな知識が多少要らなくなった、人が全部書かなくてもよくなったというところはあるので、今の技術はその面では役に立つと言えます。

海洋分野だと、自動運行船、養殖関連、食品や流通における様々な段階たとえば仕分けや物流などが挙げられます。また、海洋環境の分析や予測の自動化や性能が進んで利便性が向上すると考えています。漁業分野では環境の資源量を定量的に予測することがある程度可能になって、自然環境と漁業のバランスを取った政策立案などが可能になってくると考えられます。

木野AIは、これまでも第一次AI、第二次AIとか70年代80年代ブームになりましたが、今のAIは本物だと思われますか。これは、本当に使えそうな技術なのか、あるいは一時的な流行で終わってしまうのか。

竹縄人よりすごいことができるかというと、そんなことはない※。ある程度経験のある技術者並みのことができるようになっていくとは思います。兵藤先生のおっしゃられた自動運転なんかは、運転が上手な人もいますけど多くの人はそんなに上手じゃないので、それよりは機械の方が上手に運転できるようになるんじゃないかなと。そうすると社会に対するインパクトはあるんじゃないかと思います。
※強化学習やシミュレーションと組み合わせた学習などでは人の能力を超えることもあります。

兵藤今までのブームと全く違うのはビッグデータに基づいているということです。データの量が全く違う。インターネット上に流れている大量のデータを使った深層学習であるとか、もちろんコンピュータの性能が上がっているということは背景にはありますが、見た感じは今までとは違う。実際にかなりの分野で使われていますので、今度はブームというより、これがスタンダードになってくのではというような印象を持っています。

木野私は海洋の分野は経験ありませんでしたが、似たようなところで農業の方ではAI活用というのは結構進んでいたんですね。農業の専門家ですとかベテラン農家の知恵とか経験をITで可視化してより多くの農家さんがより品質の高いものを生産していけるようにAIを使って省力化とか自動化をしていくという所は農業でも実用的になりつつあると言えると思いました。漁業でもその辺からまずは実用化されるのかなという気はしています。

竹縄例えば養殖なんかを自動化するというとき、AIの場合はセンサーも計算機もそこまでするわけじゃないんですけど、人にお金が掛かるのでトータルでは初期コストが結構掛かりますよね。それデータをたくさん集めるってことを考えると、コストを下げるにはある程度の規模が必要になってきて、やはり、いずれは寡占化が...どこか勝った企業がある程度みんなに同じサービスを提供していくっていうような流れにはできるんじゃないかなと思います。ただそこに大学が入れるかというと大学はやっぱりアイデアを出していく側で、その寡占化のところは...大学が担うところではないかなと。

木野その関連でいうと、海洋の分野が他の産業とちょっと違うのは海の資源ってどっちかというと人類の共通の財産というか公共財という扱いがすごく強いと思うんです。農業だと結構自分たちの持っている物理的な制限...所有者・所有権がきっちりと決まっているんですけど、海って公共の資源っていう感じがすごく高いと思うんです。

そうすると、その公共の資源をいかにみんながフェアに効率良く使うかというところに、すごくAIって向くんじゃないかと思っています。地球規模での海洋のデータをいかに公共のものにしていくかが大事だと思っていて、そのデータをみんなが扱って各国だとか組織だとか個人でもいいんですけど、それぞれアイデアを出してAIでモデリングしていろんな知見を出していく。そういうモデルが、他の産業にはなかなかできないところですし、大学が担う価値のあるところかなと思ってはいます。

プログラムの魅力

木野一つ先に進めましょうか。2019年に採択されて、2020年度、昨年は学生も入ってきていますが、このプログラムはどのような点が魅力的だと思われますか。まずはプログラム責任者の竹縄先生お願いします。

竹縄まずは最新のAIの知識を実践的に身に着けられることだと思います。ここ10年のデータサイエンス、AI分野の発展は非常に目覚ましくて自力でそれについていくのは結構大変ですが、研究室で得られる知識と本プログラムで通じて得られるデータサイエンスやAIについての知識を結びつけることによりAIの実装を経験することができる。そのための海洋AI学生勉強会やメンター制度などのサポートも充実しています。それらによって、また他のプログラム学生から刺激やアドバイスを受けることもできます。

木野ありがとうございます。兵藤先生お願いします。

兵藤竹縄先生と同じ内容ではあるんですが、まず言えるのは「見守られている」ということです。

兵藤 哲朗

私自身も修士課程2年間、それから博士課程3年間を過ごしたんですが、特に博士課程の時代は同期生が極めて少なく、寂しくなることもありました。要は研究室以外の知人っていうのは非常に限られてしまう、そんな環境です。

ところがこのプログラムは、教職員の非常に強力なサポートが一つの特徴で、安心して研究生活を過ごすことができます。それから、あとは竹縄先生が指導されている海洋AI学生勉強会に代表されるように、プログラムに参加している学生同士で様々な形で連帯感を保つことができるということで、普通の博士課程とは異なるコミュニティを形成できます。博士課程の時代に育んだコミュニティは一生の財産になるので、それがこのプログラムの特徴だと私は感じています。

木野ありがとうございます。私から見てもこの卓越プログラムっていいなと思っているところは大学単独でプロフェッショナルを育成するだけじゃなくてコンソーシアムができていて、日本を代表する海洋分野の研究機関ですとか民間の企業が参加して、みんなで学生さんをサポートする部分です。今回のインターシップもそうですし、ちょっと言い過ぎかもしれないんですけどオールジャパンで海洋産業AIプロフェッショナルを育成している。もし自分が学生だとすると本当に参加したい、国を挙げて人材を育成してくれているようなプログラムだなって思うところがありますね。そういうところが魅力的だと思いました。

より良いプログラムの構築に向けて

一方で、目指す海洋産業プロフェッショナルって非常にハードルが高い人材像ですけれど、そこに学生さんを育成していくにはまだまだ課題ですとかご苦労もあると思いますがいかがでしょうか。特に去年今年とコロナの影響もあってなかなか難しいとこもあったと思いますが、いかがでしょうか。

竹縄昨年度は深層学習という講義を一つ持っているだけという立場だったので全般的なことがよく分かっていなかったんですけれども、昨年の秋ぐらいに委員の視察のときに学生と接する機会がありまして、講義を理解するレベルとAIを自分の研究に実装するっていうレベルに非常に乖離があるなと気づきまして、そこのギャップをどうやって埋めていくかっていうのを考えるようになりました。
伝統ある研究室でしたら先輩が書いたプログラムとか見られたりして参考にできたりするんですけど、とにかくまだ最初の学年だったので、そういうものがない分、そこのギャップを埋めるべく頑張っているところです。

兵藤私も去年から初めてデータ工学という授業を担当しました。これは学内教員が6人、それから非常勤講師が4人で合計10人のいわゆるオムニバス形式の授業ですね。全く違う分野で構成しており、大変勉強になりました。特にゲノム編集関連の授業では全く私の知らないことで大変勉強になりました。学生さんにとってもそうだと思います。それから、去年は遠隔の授業で、本来であれば各キャンパスの学生さん一緒に同じキャンパスで授業を受けていただきたかったんですがそれは叶わなかったんです。やっぱり最初に申し上げたとおり2つのキャンパスがありますので、行ったり来たりの交流を大切にしたい。特にこの海洋産業AI、これは2つのキャンパスが交じり合ったところに大きな意義がありますので、それは学生だけじゃなくて教員の交流も図ることができれば有意義だと私は思っています。

卓越大学院プログラムの大学院改革

木野少し堅苦しい質問になりますが、大学院改革という意味での卓越大学院プログラムの役割っていうところを兵藤先生にお伺いできればと思います。

兵藤第1に魅力的で充実した博士課程を作り上げることだと思っています。というのも本学も含めて、わが国では博士課程の人材の拡充が国際的な研究能力の向上のために必須とされています。本プログラムはその牽引者になることを期待しています。もう1つは社会実装という言葉がありますが、このプログラムはコンソーシアムの各機関をはじめとした実社会との連携を強く意識しています。最初に木野先生が言われた産業という部分にもつながると思います。これは博士課程と修士課程に共通しますが、研究生活を実社会で展開する能力を磨き上げること、これも大学院の改革の一環としていると思っています。

よく言われるのは、モデリングだけ、つまりその研究だけできれば良いってことではなく、その開発した技法なり手法なりを社会に還元する、すなわち社会とのつながりを見つけていくような...自分の研究のコーディネートですね。そういったことをできる人材、これをこのプログラムの中の人材育成の柱として進めていければなと、そんなことを考えています。

木野よくポスドクとかいわれている課題というか問題というか、そんなことを聞いたことがありますが、やはり博士課程...ドクターを取ってなかなかその先のキャリアって難しいでしょうか。

兵藤それを従来型の大学の教育ポスト、そこの中で考えるとなかなか見つからないですが、自分が開発した成果を社会の中で生かしていくような人材を育成したい。それが1つのキャリアパスの姿として、このプログラムでは重要視していると私は考えています。

竹縄プログラムですとインターンシップとかレジデントシップでは先方から課題が与えられて、AIの知識を使いながら、自分でどういう手法がいいのか選択して、その課題を解決したり改善していかなければいけない。そういうのは、自分の研究テーマだけでやっていると多分数年間で1回か2回...テーマによりますけど、そんなに何回もない。いろんな種類でやることはないと思うんですけど、。こうやってレジデントシップ、インターンシップでいくとに参加すると、そういうのが社会の中で経験できるので、将来すごく役に立つ経験だと思います。

木野先日、ベンチャー企業の方と話をした際に、博士課程を終えた人材に期待するところはどこですか、という問いに対して、「何かを言われてやる人、それを完璧にできる人というよりは、そのベンチャー企業に対して新しいことを持ってきてくれる人、そういう人材を求めます」という回答でした。専門性というのが確かに特にこの海洋分野はすごく生きていくんじゃないかなと思っています。このプログラムの卒業生が活躍できる場というのは民間も含めてあるんじゃないかなと期待しています。海洋っていう専門分野とAIという道具をきちんと使いこなせる人材っていうのは、かなり貴重だと思いますね

プログラムの展望

それでは、今後のこの卓越プログラムでの予定とか展望というところをお伺いしていきたいと思います。まずは竹縄先生からお願いします。

竹縄現在はAIの実装についての様々な研究という経験を通じてプログラムとしても学習を行っている段階です。博士後期課程に学生が進学して知見が蓄積してきた段階で、「海洋AIについては東京海洋大学に相談すれば何か答えてくれる」世間から見て、そう思われるような組織にしていきたいと考えています。

兵藤2020年度にプログラムに加わった学生さんが博士後期課程を修了するのは2024年度。それまでは、このプログラムは地固めが続くと思っています。その間、海洋AIに関する色々なセミナー、シンポジウム、勉強会などが継続しますので、今竹縄先生がおっしゃったとおり、このプログラムの存在を広く内外に知らしめることができると思っています。それからこのプログラムは2026年度には、専攻への格上げ設置を予定しています。専攻の設置を目指して名実ともに実績のあるプログラムに育て上げたいと思っています。

木野ありがとうございます。

木野 亨私の方からは、海外で活躍できる人材という部分で、海外でのインターンシップですとか、留学生を含めたワークショップなどにより力を入れていきたいと思います。

異文化コミュニケーション力については、経験や場慣れもかなり必要だと思っているので学生のうちにそういう経験をできれば、社会に出て行っても非常に活躍できる人材になるんじゃないかと思います。できるだけそういう場を与えられるようなことにも貢献したいと思っています。

プログラムの履修を希望する皆さんへ

木野最後になりますが、プログラムの学生やこれからのプログラムの履修を希望する学⽣に期待することを皆さんそれぞれお願いします。では竹縄先生お願いします。

竹縄この卓越大学院プログラムが採択されたことからも分かるように海洋分野におけるデータサイエンスやAIの実装は社会から求められています。それだけではなくて、ほぼ手つかずの分野でもあるので、良い結果も悪い結果もすぐに出るという面白さもあります。大学院時代に積極的に楽しんで研究をすればそのまま社会でも活躍できる人材になると思いますので期待しています。

兵藤このプログラム特徴は3年間の博士後期課程の在籍を前提としていることだと思います。私自身博士課程3年間を20代で過ごした経験があるのですが、その時の経験ってやっぱり一生の宝になっているんですね。20代に時間をかけて集中した研究をしたことは、自分の財産になっているのです。博士課程というと実は私がそうだったんですが、1日中研究室で本を読んだりパソコンに向かってるイメージがあるかと思いますけれども、このプログラムは、先ほども申し上げたとおり、色々なサポートメニューが用意されて外に開かれた、今までにない研究生活を演出することを心がけています。それとあとは品川それから越中島という、まさに世界都市・東京の中心部に位置するキャンパスで内外の色々な刺激を受けることもできますから、ぜひそういった大学院生活を謳歌してもらいたいと思っています。

木野ありがとうございます。私自身は大学院の経験はないんですけれども若いころに海外の企業に2年間ほど研修に行ったことがあります。そのときに尊敬する上司から、「この経験っていうのは帰ってきてからすぐに役に立つと思うな。10年ぐらいしてから、すごく活きるぞ。」と言われたことがあるんですよ。その時は何を言われているかよく分かりませんでしたが、その言葉だけはすごく頭に残っていて。

確かに2年間海外で苦労して帰ってきてからプロジェクトに従事したりして、10年くらいしてからその時の海外の経験がすごく活きるようなケースが出てきました。その時に、こういうことなのかってすごく思ったことがあるんです。ですので若い人に言うとしたら、いろんなことを今のうちは経験しておいて、すぐ結果が出なくても焦ることはない、それが10年後に生きるんだって気持ちで、プログラムの5年間を過ごしてほしいなというふうに思っています。

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重要文化財明治丸の前で

2021.08.11掲載