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ケースメソッド教育の展開

目 的

本教育改革プログラムは、本学の博士課程大学院生が、実社会(産業界)で活躍出来るスキル(意欲と技能)を在学中に身につける為のカリキュラムを前期課程および後期課程に構築し、それを試行しチェックしさらに改善することを目的とします。

本プログラムでは博士課程卒業生が実社会でリーダーとして活躍するスキルを身につけるカリキュラムの一環として、ケースメソッド教育を展開します。そのため、ケースメソッド教育を食品流通安全管理専攻だけでなく、本プログラムに参加する他の専攻の授業においても展開できることを目差します。

ケースメソッド教育(Casemethod of teaching)とは

ケースメソッド授業とは訓練主題の含まれるケース教材を用いて討論授業を行う体系的な教育活動です。学生は事前にケース教材を個人で予習し、当事者の立場に立って課題を発見し、解決のためには何を判断しなければならないかについて自分の考えを準備して授業に臨みます。授業では、まず少人数のグループで予備的な討論(グループ討論)を行い、他人の意見を聞きながら自分の準備してきた判断を吟味し直します。次いで、教師の舵取りの下で全員で討論(クラス討論)を行い、さらに問題を深め解決策を検討します。

ケースメソッドは、正解がただ1つではない問題を取り上げて、限られた情報を基にいかに論理的で説得力のある解決策を提示できるかを訓練する教育方法であり、米国・ハーバード大学専門大学院(ロースクールとビジネススクール)で始められた教育方法です。

ケーススタディとの違い

ケースメソッドはケーススタディとしばしば混同されて使われます。
ケースメソッドは教え方の用語です。他方、ケーススタディはある事例について研究考察した結果、得られた「研究成果物」を表す、もしくは、「事例研究」という教育訓練活動を表す用語として用いられる。後者の場合は、ケースメソッド授業に近づいてきますが、「討論授業の内実」よりも「教材にケースを使っている」という点が重視されている場合が多いようです。

ケースメソッド授業の多様な設計・運用方法

ケースメソッド授業の中心は討論にあります。どのようなやり方をすれば討論を実りあるものとして参加者の学びを充実させることができるかは、教育主題の性格や討論参加者の資質によって左右されます。

たとえば、ハーバード大学のロースクールでは、ソクラテスメソッドと呼ばれる討論方法が使われているそうです。ソクラテスメソッドは平たく言えば「論破」であり、教師の質問に対して学生が返してきた答えに向けて、その弱みや限界、対抗意見を考えざるをえないような質問を投げかけます。こうして、時間の許す限り学生の答えを修正し続けることがソクラテス・メソッドのコンセプトです。

法廷でのゴールは判決なので、それる至るプロセスで重視されるのは事実確認や定義の正確性、主張の論理性と言語的説得性です。法廷でのrightness を追求するための論争です。

一方、ハーバード・ビジネススクールにおいては、相手を理解しようとするカウンセリング・マインドをベースに討論がされているそうです。カウンセリングマインドでは、企業の一面を「従業員の感情と信念の体系」と捉える。経営では深い洞察に基づく意思決定の後に必ず実行があり、実行により経営的な成果に帰着します。それには、意思決定者と従業員の協働が欠かせません。お互いに励ましあいながら、共に考え抜き、議論を重ねて各人の意思決定に至り、実行段階では決定した道を信じてやり遂げるのです。こうした協働が根底にある経営では、法律的な論理性よりも、カウンセリング・マインドによる相互理解のほうが重視されています。

このように、ケースメソッドといってもすべてが同じものではなく、共通した枠組みの中にそれぞれの事情に合った中身のプログラムが動いていると理解すべきようです。
食品流通安全管理の分野においては、ソクラテスメソッドよりはカウンセリングマインドの方を採用するのにふさわしいでしょう。

さらに、東京海洋大学では、討論そのものに慣れていない日本人学生を対象とした授業では、いきなりビジネススクール型のケースメソッド授業による討論は難しいという場面に遭遇します。このようなときには、グループ討論でグループの意見を集約させ、それをクラス討論(全体討論)で発表させ、グループ間での意見の相違を検討させる形式で討論授業を展開することがおこなわれています。これは、次節で紹介する「慶応義塾大学ビジネススクール」(KBS)で行われているケースメソッド授業とは様子が異なるものですが、ケースメソッドをまだ準備のできていない土壌に根を下ろさせるための変形(馴致)手段として評価すべきものだと考えます。

慶応ビジネススクールでのケースメソッド

東京海洋大学に食品流通安全管理という新しい分野の専攻を立ち上げるに際して、ケースメソッドというビジネススクールで用いられている手法を導入しようと考えたわれわれは、慶応義塾大学ビジネススクール(KBS)のケースメソッド授業法研究普及室(高木晴夫教授)の門をたたいた。

KBSでは原則としてすべての授業をケースメソッドで教えている。また、学生は50人前後が一つのクラスで討論し、学生は大半が社会人経験者という構成です。したがって、ケースメソッド授業に期待するものの質が、海洋大でのケースメソッド授業と違っていますので、単純な比較はできません。それを承知で、KBSでのケースメソッド授業について読んでください。どちらが正しいかというものではありません。

KBSでは、ケースメソッド授業に次の4つの要素を重視しています。(高木晴夫・竹内伸一:ケースメソッド教育ハンドブック 2006慶応義塾大学ビジネススクール)

1) ケース教材

ケース教材には、討論授業を通して参加者が何らかの「学び」を得るような訓練課題が含まれている。このケース教材は意図的な制作物であり、討論を誘発するように作られている。
他方、事実の一部のみが示され、そこから教育主題が見いだせない教材や、事実以上のことが書かれている教材はケースメソッド授業には不向きである。教材に記述者の解釈や主観が多く書かれていたりすると、ケース記述者の影響が避けられず、参加者の思考を妨げることにもなりかねない。

(註)食品流通安全管理専攻では、食品流通のリスク管理を訓練主題としたケース教材が無いのでそれを作ろうとして種々の努力を重ねた。ケース教材がないと何も始まらないという強迫観念があったからである。しかし、米国ミシガン州立大のビジネススクールの日本人卒業者第1号の樋口氏は「ケースは何でもいいんですよ。今日の新聞記事を読んで社員に討論させています」とコメントされている(学外識者会議録)。
また、KBSの高木教授も「討論の切っ掛けになるものであれば何でもいいんです。場合によったら、ビデオでもいいし」「長いものは、一気に読めるように作らないといけません」とおっしゃっている。

2) 討論

討論は目的をもって進められることが重要であり、そうでなければただの言葉の交換になってしまう。しかし、目的に向かって与えられた筋道で効率よく議論することも、ケースメソッド授業の本意とするところではない。討論への参加者が、自分たちで議論の筋道を作り、その論点を話し合うことの価値を吟味しながら議論を深め、その中から自分たちで学びを見つけていくプロセスが、ケースメソッド授業では重視される。参加者は自分たちの討論を自分たちで築き上げようとする「自律主体集団」である。

3) 協働的な討論態度

討論を協働的に進めることは、ケースメソッド教育における討論授業の重要な価値観の一つである。ケースメソッド授業は正しさを競うための論破合戦ではない。互いが学びあい、議論を建設的なものにしていくことを目指す。議論をすると多くの場合、他の人の意見は自分と異なっていることに気付かされるそこでお互いが学びあう姿勢が必要となる。討議に参加する際の価値観として、「勇気」「礼節」「寛容」を重んじて協働的な態度をとることが重要である。これはハーバード大ビジネススクールで伝統的に繰り返し確認されている価値観でもある。

4) 教師(討論リーダー)

教師は参加者の自律性を引き出すことと、その上で狙った教育目的を達成することを同時に行わなくてはならない。これは矛盾する営みであり、両立させることは決して容易ではない。教師と参加者は一方的に「教える人」と「教わる人」の関係には終始しない。参加者が主人公(Participants Centered Learning)の授業なのである。

なぜ海洋大でケースメソッド教育なのか

海洋大では2006年に全学7学科に共通のコースとして「食品流通の安全管理システム専門技術者養成コース」を創設しました。このプログラムは、現代GP(現代的教育ニーズ取組プログラム)として、文部科学省からの財政支援を受けて立ち上げたものです。

この企画会議では、食の安全・安心を揺るがす事件報道が相次ぐ中で、実社会で食の安全・安心を担う職業人となるべき人材の養成には何が必要なのかを論じ合いました。この中でたまたま出会ったのがケースメソッドだったのです。社会が本当に求めている人材養成を行うためには、学外の経験豊かな方々の率直な意見を聞くのが第一だと考えていたので、食品安全基本法の制定や食品安全委員会の設置を政府に勧告した、元BSE問題調査検討委員会の高橋正郎氏・日和佐信子氏を含む6名に外部委員になっていただき数次に渡ってご意見を伺いました。

その席で高橋氏は、演習・実習中心のカリキュラムを作るべきだと助言。また、明確にケースメソッドの授業を中心に据えることを主張され、ケース教材を作るために教員は研究内容を変更してそれに当たるべきとされた。つまり、現在は本学においても、また、日本中を見渡しても食品流通安全管理の分野で使えるケース教材はほとんど無いであろう。そもそも食品流通安全管理を専門とする教員もいないであろう。しかし、本学でこの現代GP プログラムを担当する教員にそれを期待したいと言うわけです。

その後、本プログラムによる経費で、本学教員を慶応ビジネススクールで開講されている授業「ケースメソッド教授法」に科目履修生として派遣しましたが、そこには、経営関係のみならず、行政、看護などの分野から社会人が多数派遣されてきており、判断力を要求される現代の社会問題の解決に対応する教育手段として注目を浴びていることを感じ取りました。

海洋大では、現代GPプログラムの後、食品流通安全管理専攻が設立されその中でケースメソッド授業が重要な役割を果たしています。